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小柴満信さん
(2013年2月6日,池袋サンシャインシティでの千葉大学画像工学同窓会技術講演会より)

画像工学の幅広さを実感

更新日:2015年05月12日

今年の10月で東京美術学校に写真科が設立されてから100年目となるということを伺いました。これを機に千葉大学画像工学同窓会の皆様がWEBサイトを立ち上げ、記念事業を計画し、来年の10月15日には祝賀パーティーを企画していると伺いました。祝賀パーティーで先生方、卒業生の皆様とお会いできるのを大変楽しみにしています。

私は昭和49年(1974年)に千葉大学の印刷工学科に入学し、卒業後工学研究科に入学し、合計6年間を西千葉のキャンパスで学生生活を過ごしました。正確に言うと、修士課程修了後、千葉県市原市のロータリークラブの奨学金をもらい、1980年に米国ウィスコンシン州州立大学大学院に留学したので、修士課程修了後、更に半年ほど研究室にお世話になりましたので、6年半、千葉大にお世話になりました。

当時、いろいろと個人的な事情があり、学校生活とアルバイトの往復という生活でしたが、研究室の先生方には事情を理解していただき、2足のわらじをはきながら、何とか学業を終えることが出来ました。

学生時代の思い出というと、やはり所属した角田研究室、山岡研究室の思い出と同一であり、4年生になり研究室に配属され、その後3年半にわたりいろいろな学びや刺激を受けました。みなさん、ご存じの方は少ないと思いますが、千葉大の角田研は日本でフォトポリマー懇話会を立ち上げ、主宰し、フォトポリマー(感光性樹脂)に関しては米国のSPIEと日本のフォトポリマーコンファレンスが代表的な国際学会として継続しています。

そんなわけで、指導教官の山岡亜夫先生(当時は助教授)には「これからは世界が相手ですよ!」と何度も聞かされ、もっとも印象的な言葉でした。フォトポリマー懇話会を通じて感光性樹脂を研究する世界の第一線の研究者に触れる機会が出来たことも大変大きな刺激でした。そんな刺激があったからこそ、大学院修了後に米国に留学する道を選びました。この選択が無かったら今の自分は無かったと思っています。

留学から帰国後、当時の日本合成ゴム(株)に1981年10月に入社し、東京研究所に配属され、以後、今の社長の任を任さられるまで当社では一貫して、半導体用フォトレジストを中心とした半導体材料事業に関わってきました。最初の9年が研究職、その後、12年間、米国のシリコンバレーに駐在し、当社の半導体材料事業の市場開拓をやりました。山岡先生から、「これからは世界が相手ですよ!」という言葉を胸にフェアな米国市場で事業のみならず多くの人脈を築くことができました。

リーマンショック後の2009年4月から現在JSR(株)となった会社の代表取締役社長となり、当社のエラストマー事業、半導体材料を含むファイン多角化系事業、そして、今後の当社の成長を支えるライフサイエンス事業を見ています。もちろん、キーワードは「世界が相手」、今の言葉でいうとグローバルです。現在も毎月2~3回は海外出張をこなし海外の顧客、パートナー企業、グループ企業などを訪問しています。

当社は半導体レジストやLCD製造に用いられる各種感光性材料を電子産業に供給していますが、当社の主力材料のエラストマーを製紙業界や印刷業界に供給しています。印刷特性に優れ、競争が激しい製紙業界でコスト競争力に優れる紙塗工用のラテックスを供給し、印刷機用のブランケットに使用される特殊ゴムも供給しています。当社のような材料メーカーは幅広い業界へ特殊な材料を供給するわけですが、その先々で千葉大学の画像工学科の同窓生に巡り合います。そのたびに画像工学の幅広さを実感します。画像工学同窓会が今後も卒業生の皆さんの活躍でますます繁栄し、また、私自身も微力ながらも千葉大学工学部画像系の発展に貢献できればと思っています。
(2015年5月、小柴満信、JSR(株)代表取締役社長、昭和53年卒、55年修了)